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一条真也
令和の時代に礼輪を!
 新元号の「令和」にも慣れてきた。「令和」を考案したと有力視されている国文学者の中西進氏は、「読売新聞」のインタビューで、令和の「和」について「『和をもって貴しとせよ』を思い浮かべる」と述べ、十七条憲法の精神が流れているとの考えを語った。
 聖徳太子の「和をもって貴しとせよ」のルーツは『論語』で、「有子が曰わく、礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す。小大これに由(よ)るも行なわれざる所あり。和を知りて和すれども、礼を以ってこれを節せざれば、亦(ま)た行なう可(べ)からず。」〈学而篇〉という言葉がある。
 「みんなが調和しているのが、一番良いことだ。過去の偉い王様も、それを心がけて国を治めていた。しかし、ただ仲が良いだけでは、うまくいくとは限らない。時には、互いの関係にきちんとけじめをつける必要もある。その上での調和だ」の意味である。
 このように「和」は「礼」と切り離せないのだ。儀式は「礼」を形にしたもの。 「礼」をハードに表現したものがセレモニーであり、ソフトに表現したものがホスピタリティではないかと個人的に思う。
 ともあれ、ついに「令和」の時代が到来し、日本文化の核ともいえる大嘗祭に至る儀式群が幕を開けた。儀式に携わる者として、いま、この時に立ち会えた幸運に感謝し、その推移を見守らせていただくとともに、これから迎える新たな御代が誰にとっても平穏で、そして儀式の華ひらく時代となることを心より願う。
 「令和」の出典『万葉集』に収められた歌で最も多いのは相聞歌と挽歌、つまり恋愛と鎮魂の歌。「愛」と「死」は人類普遍のテーマなのである。そのまま結婚式と葬儀の二大儀式につながるではないか。令和とは、「礼」の時代なのだ。
 新時代に、大いなる「礼の輪」をつくろう!