信のマネジメント
一条真也
「人の真の価値は信念によって決まる」

 

 人間その気になれば何でもできる。できないのは自分を信じないからだ。"Believe in yourself"自信を持て。それが信念だ。
 これは生涯多くの講演で「信」の重要性を説き続けた異色の哲学者・中村天風の言葉です。
 天風はもともと銀行の頭取をはじめ多くの会社を経営する事業家でしたが、突如、世の人々を幸福にするために信念の大事さを訴えたいと思い立ち、朝から晩まで路上で演説するという生活を始めました。
 経営者だった人間が急に草履をはき、焼きおむすびを持って大道講演するのですから、周囲の人々は仰天し反対します。しかし彼は、「本当の気持ちで人に良いことを奨め、人を幸福にすることがなぜ駄目なのか。それが自分に出来ないはずがない!」とこれを続けました。
 結果、彼の幸福哲学は松下幸之助や稲盛和夫、ロックフェラー三世など内外の幾多の人々に影響を与え、今も彼の講演録はロングセラーとして読まれ続けているのです。
 古今東西、人生を説く者はみな、信念の重要性を力説しています。紀元前十世紀にはヘブライのソロモンが「人の本当の値打ちとは、地位でも名誉でもない。信念の二文字である」と言っています。孔子は「信は万事のもと」、釈迦は「信ぜざれば救う能わず、縁なき衆生は度し難し」、キリストは「まず、信ぜよ」と言いました。  天風は、現代人には「信念」という肝心要のものが抜けていると喝破しました。現代人は疑いだらけです。信じなくてはならないことを信じられず、まず頭から疑ってしまう。それが正しい考え方のように思っている人が多いのではないでしょうか。「凡人は何事も信念なく諸事に応接するために、自然に不可解な苦しみに悩み、不安な生涯を送ることになる」とはゲーテの言葉ですが、確固たる信念を持つことこそ、運命を開く積極的な精神につながるのです。  天風はまた、「豊臣秀吉やナポレオンを見ろ」と聴衆に呼びかけました。低い身分から二人があれだけ大成したのは、彼らが信念を持ち、どんなことにもくじけない積極的な精神を持っていたからだ、と。ナポレオンのあまりにも有名な「余の辞書に不可能という文字はない」という言葉は信念の勝利宣言に他なりません。
 私たちも、自分を信じ、自分の仕事を信じ、人間を信じていきたいものです。マネジメントとは、まさに人間の可能性を信じる営みなのです。