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一条真也
「ほととぎす」

 

「春暁」と題する孟浩然の有名な漢詩がある。「春眠暁を覚えず」で始まる。枕元に届く鳥たちのさえずりを聞きながらつらつら思うのは、きのうの夜の雨風のひどかったこと。花々もどれほど散ったことだろう、といった内容である▼いま日本と中国はいくつもの火種を抱えているが、中国が東シナ海で進める天然ガス田の開発もその一つだ。日本側ともつながっており、日本政府が開発中止を求めてきたこのガス田を中国側は「春暁ガス田」と名付け、一方的に工事を再開した▼漢詩になぞらえれば、反日デモや靖国参拝問題という名の雨と風が、日中間の友好の花をどれほど散らしてしまったことか。この春暁ガス田の存在が、ただでさえ複雑な両国関係をさらに冷たくした。せめて、冬の日中関係に春を運ぶ鳥の声が聞けないものか▼ほととぎすが鳴かぬなら、信長は殺してしまえ、秀吉は鳴かせてみよう、家康は鳴くまで待とうとする。松下幸之助は「鳴かぬなら それもまたよし ほととぎす」と詠んだ。しかし私は「鳴かぬなら われが鳴こうか ほととぎす」と詠みたい▼ガス田には共同開発というウルトラCもある。お互いが歩み寄って自らが鳴き、動いたときに、初めて相手も動くと信じたい。
2005年6月10日