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一条真也
神隠し

 

「千と千尋の神隠し」が大ヒットした記憶も新しいが、このアニメ映画によって「神隠し」という言葉がよみがえった▼柳田國男が「遠野物語」に書いたように、神隠しとは、ある日突然、子供などが日常世界から消え失せてしまうことである。残された人々は、共同体の外部へと誘い出された失踪者の"その後"に思いを巡らせ、多くは暗い気持ちになる。つまり失踪者を待っているのは悲惨な運命だと想像する▼その一方で、神隠しという語は「死」の響きとともに、失踪者が異界で生きているという淡い期待も込められている。それが明日かもしれないし、数十年先かもしれないが、いつか戻ってくるとの希望が託されているのだ。そのため、神隠しにあった家の多くがちゃんとした葬式をすることもなく、失踪者の帰りを待ち続けるのである▼千尋は不思議のトンネルをくぐって異界へと入っていったが、十三歳の横田めぐみさんは帰校途中で拉致され、工作船によって北朝鮮に連れ去られた。暗い船底で「お母さん」と泣き続け、壁には爪でかきむしった血の跡があったという。娘を持つ身として胸が痛む▼北朝鮮というテロ国家は日本にとって、いや世界にとっても巨大な異界だ。今回の日朝首脳会談は拉致被害者家族の希望をかき消しはしたが、確実に異界への扉を開けた。そこには更なる深い闇が待っているが、いつの日か光が射す日を信じたい。深い悲しみと怒りとともに。
2002年10月10日