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一条真也
悼む人

 

直木賞を受賞した天童荒太の『悼む人』が多くの読者を得ている。日本全国の死者を「悼む」旅を続ける青年の物語だ。新聞記事などで知った殺人や事故の現場に出向き、死者が「誰に愛されていたか」「誰を愛していたか」「どんなことをして人に感謝されたか」を尋ね、「悼み」の儀式を行う▼彼を偽善者とする雑誌記者、彼の家族、夫を愛した女性など、さまざまな登場人物との関係が淡々と描かれている。静かな物語だが、「生とは何か」「死とは何か」、そして「人間とは何か」といった最も根源的な問題を読者につきつける▼一読して、映画「おくりびと」を連想した。病死、餓死、戦死、孤独死、大往生......これまで、無数の人々が死に続けてきた。われわれの周囲には多くの死者がおり、われわれは常に死者と共生しているのだ▼絶対に彼らのことを忘れてはならない。死者を忘れて生者の幸福などありえないと確信する。ともあれ、映画界には「おくりびと」が、文学界には『悼む人』が誕生した▼これは日本文化の一大事件であろう。もともと、辞世などによって、日本人は「死」を「詩」に変えてきた。これからも、あらゆる死者を「送る」ことと「悼む」ことの意味と大切さを考え続けてゆきたいと思う。(一条)
2009年4月25日