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一条真也
『般若心経』の自由訳

 

 このたび、『般若心経 自由訳』(現代書林)を上梓した。
 チベット仏教というより、世界の仏教界を代表するダライ・ラマ14世は「般若心経」について、ことあるごとに「日本では、この経典は亡くなった人のために葬儀の際よく朗唱される」と述べている。
 たしかに、日本人にとって「般若心経」は最も親しまれているお経だろう。ダライ・ラマの言葉に触れたとき、わたしは「般若心経」を自分なりの解釈で自由訳してみようと思ったのである。
 唐の僧・玄奘三蔵は、天竺(インド)から持ち帰った膨大な「大般若経」を翻訳し、262字に集約して「般若心経」を完成させた。そこで説かれた「空」の思想は中国仏教思想、特に禅宗教学の形成に大きな影響を及ぼした。
 日本に伝えられたのは8世紀、奈良時代のこと。遣唐使に同行した僧が持ち帰った。
 以来、日本における最も有名な経典となった。遣唐使に参加した弘法大師空海は、その真の意味を理解したとされる。彼は、「空」を「海」、「色」を「波」に例えながら説いた『般若心経秘鍵』を著した。
 今年の4月、中国に渡ったわたしは、かつて長安と呼ばれた西安で、玄奘ゆかりの大雁塔、空海ゆかりの青龍寺を訪れ、その後、「般若心経」の自由訳を完成させた。
 これまで、日本人による「般若心経」の解釈の多くには重大な誤解があったように思える。なぜなら、その核心思想である「空」を「無」と同意義にとらえ、本当の意味を理解しなかったからである。
 「空」とは、「永遠」である。「0」も「∞」もともに古代インドで生まれたコンセプトだが、「空」は後者を意味した。
 わが自由訳は、多くの人々の死の「おそれ」や死別の「かなしみ」を溶かす内容となっている。葬儀後のご遺族に読んでいただきたい。
2017.8.20