第12回
一条真也
「隣のおばちゃん」

 

 ここまで1年間にわたって、心温まる具体的な「となりびと」のエピソードの数々を紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。最終回となる今回は、北九州市のKさんという64歳の女性から届いたエピソードを紹介したいと思います。
 「Kちゃん、ちょっと...」
 隣家に面した縁側から控えめな声でKさんを呼んだのは、隣に住むおばちゃんです。声をかけられた時、Kさん一家は数時間前に息を引き取ったばかりの祖母の枕元で泣いていました。
 隣のおばちゃんは、亡くなった祖母の着物を「1枚貸して」と言いました。Kさんが「どうするの?」と尋ねると、おばちゃんは「今からおばあさんの行く道に、火が燃えて熱いところがあるそうなんよ。ちょっとでも熱くないよう着物の裾を濡らしてあげたいと思ってね」と答えました。濡れた着物は自分の衣紋掛けに掛けておくというのです。
 70歳を目前に逝ったKさんの祖母と、あまり歳の離れていないおばちゃんとは、とても仲が良かったのですが、何かの拍子に気まずくなったそうです。そして、ここ数年は物も言わない状態が続いていたとか。
 言いたいことも山ほどあったでしょうに、おばちゃんはKさんの祖母を「長年の親しき友」として自分なりの方法で送ろうとしたのですね。
 その時から、ずいぶん歳月が経ちました。
 Kさんたちの暮らした家は、現在、Kさんのお母さんと妹さん夫婦が住んでいます。すっかり過疎地になった実家の周辺は、高齢の独り暮らしの女性も少なくありません。そこで比較的若くて面倒見のいい妹さんは、幾人もの高齢者から頼りにされているようです。
 妹さんによると、独居老人の安否はゴミ出しの様子で分かるそうです。元気な人は指定日に必ず出しますが、具合を悪くした人は自宅前でもゴミを出せません。
 隣のおばちゃんは、収集日にゴミが出ていないことから、家の中で倒れているのを発見され病院に運び込まれたそうです。付き添ったKさんの妹さんに何度も礼を言った彼女は、再び自宅に戻ることもなく逝ってしまいました。
 連れ合いを早く失い、子供もいなかった隣のおばちゃんのことを、Kさんは「最期までひとりでよく頑張った」と言います。
 還暦も過ぎ、今のところ元気なKさんは、お世話になった周囲の人たちに何かできることはないか、真剣に考えているそうです。