第31回
佐久間庸和
「こころのジパング」

 

 先日、今年最初の著書となる『決定版 おもてなし入門』(実業之日本社)を上梓した。
 2020年のオリンピック開催地が東京に決定したとき、日本中が喜びに包まれた。

 さまざまな人による東京招致のプレゼンテーションの映像も繰り返しテレビで流され、ネットでも再生された。その中で、一番印象に残ったのが、滝川クリステルさんのプレゼンでだった。

 彼女は流ちょうなフランス語とナチュラルな笑顔で、「お・も・て・な・し」と1字づつ印を切るように口にした後、合掌して「おもてなし」と言い直した。この滝川さんの姿を見て、改めて「おもてなし」という日本語を再認識した方も多かったのではないだろうか。
 わたしは創業70周年を数える小倉の松柏園ホテルの三代目として生まれ、幼少の頃はホテル内に住んでいた。だから、「おもてなし」という言葉は物心ついた頃から耳にしていた。

 いま、わたしはサンレーという冠婚葬祭の会社を経営している。冠婚葬祭の根本をなすのは「礼」の精神だ。

 「礼」とは何か。それは、2500年前に中国で孔子が説いた大いなる教えである。平たくいえば、「人間尊重」ということだろう。

 わが社では、「人間尊重」をミッションにしている。本業がホスピタリティー・サービスの提供なので、わが社では、お客様を大切にする"こころ"はもちろん、それを"かたち"にすることを何よりも重んじている。こうした接客サービス業としては当たり前のことが一般の方々の「おもてなし」においても、きっと何かのヒントになるのではないかと思う。

 日本人の"こころ"は、神道・仏教・儒教の3つによって支えられており、「おもてなし」にもそれらの教えが入り込んでいる。
 たとえば、神道の「神祭」では、物言わぬ神に対して、お神酒や米や野菜などの神饌を捧げる。この「察する」という心こそ、「おもてなし」の源流と言えるのではないだろうか。
 また、仏教には無私の心で相手に施す「無財の七施」があります。さらに前述した「礼」の精神は儒教の神髄だ。これらすべてが、日本の「おもてなし」文化を支えているのである。

 「おもてなし」は日本文化そのものである。かつての日本は、黄金の国として「ジパング」と称された。これからは「こころのジパング」を目指したいものだ。

 「ジャパニーズ・ホスピタリティ」としての「おもてなし」こそは、人類が21世紀において平和で幸福な社会をつくるための最大のキーワードである。そして、その中心的役割を担うのは、わたしたち日本人だと思う。