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一条真也
「なぜ節分に厄を祓うのか」
 2月3日は「節分」である。
 例年、この日は小倉の神社で行われる節分祭に参加している。厄を迎えた社員や取引先の関係者などが合同で厄除けのお祓いをし、わが社のホテルで祝賀会を開く習慣だ。
 祝賀会が終了すると、いつも自宅で「豆まき」をする。娘たちが小さかった頃はよく鬼の仮面をかぶったものだ。今では、なつかしい。
 でも、「鬼は外」と豆を投げつけられるのは、どうにも切ない。鬼を忌むべき存在として決めつけているからだ。そこには「排除」の構図がある。幼い頃に読んだ『泣いた赤鬼』では、赤鬼がかわいそうで涙が出た。そこで、「鬼は外 豆を投げれど 赤鬼の泣いた顔見て 鬼も内へと」という歌を詠んだことがある。
 さて、厄年の「厄」とは、災厄の「厄」ではなく、役員の「役」、つまり共同体の中で一定の役割を果たすという意味での「厄」年だという。
 厄年が災いの年になることがあるのは、年齢に応じて与えられた役割を果たすことができない、つまりさまざまな難題課題を解決することができず、それに振り回されてしばしば失敗してしまうからだという考え方から来ている。
 厄年は時代や土地によってさまざまに決められていた。現在でも信じる人が多いのは男性の25歳と42歳、女性の19歳と33歳で、特に42は「死に」、33は「さんざん」と語呂合わせされるところから大厄と言われている。大厄の前後を前厄、後厄とするのも全国的である。
 男性の42歳というのは、たしかに重要な時期である。というのも、50代、60代といった老年期にある者と、10代、20代にある若者や青年たちとの間をつなぎ、文化を伝達し、集団内で中心的な役割を果たさなければならないからだ。
 このとき、その年齢に達した人々は、集団の中での主要な役割を与えられる。それを災いとするのも、人生のよき糧、養分とするのも、すべてはその人次第なのである。