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一条真也
「インドで人生の四季を考える」

 いま、わたしはインドにいる。
 副座長を務めている「アジア冠婚葬祭業国際交流研究会」の海外視察に参加しているのである。
 生まれて初めて訪れるインドだが、現地では仏教、ヒンズー教、イスラム教の聖地などを回る。特に、ブッダが仏教を伝播したコースを辿ることになっており、とても楽しみだ。
 さて、この連載タイトルは「人生の四季」であるが、インドにはまさに「人生の四季」そのもののライフサイクルが存在する。ヒンズー教の「四住期」という考え方である。
 これは理想的な人生の過ごし方と言うべきもので、人間の一生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の4つの段階に分けて考える。
 学生期には師に絶対的に服従し、ひたすら学び、厳格な禁欲を守らなければならない。このような学びの期間が過ぎると、次は家住期である。
 家住期では、親の選んだ相手と結婚して、職業に就いて生計を立てなければならない。そして子どもを育てるのが大切で、このことによって子孫を確保し、祖先への祭祀が絶えないように心がけなければならない。
 この家住期は世俗的なことが重要とされるのである。現代人であれば、これで人生は終わりとさえ言えるのだが、ヒンズー教の場合にはさらに二段階が加わる。
 第三の林住期は、これまでに得た財産や家族を捨て、社会的な義務からも解放され、人里離れたところで暮らすことができる。
 このような過程を経て、最後の遊行期は、この世への一切の執着を捨て去って、乞食となって巡礼して歩く。インド人たちは、永遠の自己との同一化に生きようとしたのである。
 あるヒンズー教の文献によれば、この四住期は必ずしもこの通りの順序でやらなくてもよいそうだが、いずれにしても理想的な人生のあり方というものが見て取れる。
 わたし自身は、おそらく家住期の後半ではないかと思うが、早く林住期を迎えて、晴耕雨読したいものだ。