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一条真也
「涙は世界で一番小さな海」
 4月12日、わたしは沖縄の那覇にいた。サンレー沖縄による海洋散骨に主催者として参加したのである。毎年この時期に行っている。
 三重城港から乗った船は15分ほどして散骨場に到着した。そこから、海洋葬のスタートである。船は左旋回したが、これは時計の針を戻すという意味で、故人を偲ぶ演出だ。それから全員で黙祷をし、感謝、祈り、癒やしの鐘を鳴らす新セレモニーである「禮鐘の儀」を行った。
 それから、日本酒を海に流すという「献酒の儀」、ご遺族全員で遺骨を海に散骨した後に「献花の儀」が行われた。これも、ご遺族全員で色とりどりの花が海に投げ入れられた。 その後、主催者を代表してわたしも生花リースを謹んで投げ入れた。カラフルな生花が海に漂う様子は、いつもながらに大変美しい。
 海に散骨すれば、世界中で供養できるという考え方がある。なぜなら、全ての海はつながっているからだ。拙著『涙は世界で一番小さな海』(三五館)にも書いたが、ドイツ語の「メルヘン」の語源には「小さな海」という意味がある。大海原から取り出された一滴でありながら、それ自体が小さな海を内包しているのである。
 アンデルセンは「涙は人間がつくる一番小さな海」と述べた。涙は人間が流すものである。どんなときに人間は涙を流すのか。それは、悲しいとき、寂しいとき、辛いときだ。
 それだけではない。他人の不幸に共感して同情したとき、感動したとき、そして心の底から幸せを感じたときに涙を流すのではないだろうか。
 つまり、人間の心はその働きによって、普遍の「小さな海」である涙を生み出すことができるのである。人間の心の力で、人類全体をつなぐ「小さな海」をつくれるなんて、なんて素敵なことだろう!
 「大きな海」に還る死者、「世界で一番小さな海」である涙を流す生者・・・二つの海をながめながら、わたしは葬送という行為の本質は限りなくファンタジーに近いと思った。