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一条真也
「仏教者との対話」
 横浜でトークショーに出演した。
 パシフィコ横浜で開催された「フューネラルビジネスフェア2016」で、仏教界きっての論客で知られる村山博雅老師と「葬送儀礼の力を問う~葬儀の本質とは」をテーマに対談させていただいたのである。
 村山老師は、「萩の寺」として有名な曹洞宗の東光院(大阪府豊中市)の副住職であり、全日本仏教青年会の第18代理事長として活躍された。
 2014年には「第1回世界仏教優秀指導者賞」も受賞されている日本仏教のニューリーダーの1人だ。
 本番前の打ち合わせから、村山老師とは多様なテーマでお話しさせていただいた。わたしは、「無縁社会」や「葬式は、要らない」などの言葉が登場した背景には、日本仏教界の制度疲労にも一因があるように感じる。
 よく「葬式仏教」とか「先祖供養仏教」とか言われるが、日本の仏教が葬儀と先祖供養によって社会的機能を果たし、また一般庶民の宗教的欲求に応えてきたという歴史的事実を認めないわけにはいかない。
 対話の中では東日本大震災の話題も出た。2011年の夏、東北の被災地は震災の犠牲者の「初盆」を迎えた。この「初盆」は、生き残った被災者の心のケアという側面から見ても非常に重要であった。
 通夜に始まって、告別式、初七日、四十九日・・・日本仏教における一連の死者儀礼の流れの中で、初盆は1つの大きな節目である。
 また、年忌法要そのものが日本人の死生観に合ったグリーフケア文化となっている。今後も仏式葬儀は時代の影響を受けて変化せざるを得ないが、原点、すなわち「初期設定」を再確認した上で、時代に合わせた改善、いわば「アップデート」を心掛ける努力が必要ではないだろうか。
 初期設定といえば、仏式葬儀は村山老師も属される曹洞宗によって基本的なスタイルが確立され、発展してきた。それでは、アップデートとは何か。まさか、アマゾンの「お坊さん便」ではないとは思うが・・・。