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一条真也
「兵馬俑で考えたこと」
 業界の仲間と中国に行ってきた。上海、長沙、西安などの都市を回り、12年ぶりに兵馬俑を訪れた。兵馬俑とは、言わずと知れた秦の始皇帝の死後を守る地下宮殿である。
 8000体におよぶ平均180センチの兵士像が整然と立ち並ぶさまはまさに圧巻で、「世界第8の不思議」などと呼ばれている。
 秦、楚、燕、斉、趙、魏、韓、すなわち「戦国の七雄」がそのまま続いていれば、中国は7つほどの国に分かれ、ヨーロッパのような形で現在に至ったことであろう。
 広大な中国を統一するとは、どういうことか。他の国々を武力で打ち破るのみならず、度量衡を統一し、「同文」で文字を統一し、「同軌」で戦車の車輪の幅を統一し、郡県制を採用した。そのうちのどれ1つをとっても、世界史に残る一大事業だ。
 始皇帝は、これらの巨大プロジェクトをすべて、しかもきわめて短い期間に1人で成し遂げたわけである。
 絶大な権力を手中にした始皇帝だったが、その人生は決して幸福なものではなかった。それどころか、人類史上もっとも不幸な人物ではなかったかとさえ、私には思える。
 なぜか。それは、彼が「老い」と「死」を極度に怖れ続け、その病的なまでの恐怖を心に抱いたまま死んでいったからだ。世の常識を超越した死後の軍団である兵馬俑の存在や、徐福に不老不死の霊薬を探させたという史実が雄弁に物語っている。
 ひたすら生に執着し、死の影に脅え、不老不死を求めて国庫を傾け、ついには絶望して死んだ。兵馬俑とは、不老不死を求め続けた始皇帝の哀しき夢の跡にほかならない。
 いくら権力や金があろうとも、老いて死ぬといった人間にとって不可避の運命を極度に怖れたのでは、豊かな人生を送ったとは言えない。
 逆に言えば、地位や名誉や金銭には恵まれなくとも、老いる覚悟と死ぬ覚悟を持っている人の人生は豊かなのではないか。兵馬俑をながめながら、そんなことを考えた。