第4回
一条真也
「グランドカルチャーの世界」

 

 人は老いるほど豊かになります。そして豊かな高齢者が一般的には何より豊かに持っているのが時間です。時間にはいろいろな使い方があるでしょうが、「楽しみ」の量と質において、文化に優るものはありません。さまざまな文化にふれ、創作したり、観賞して感動したりすれば、右脳がフルに使われてグランドライフが輝いてきます。
 一般に、高齢者が増えれば経済的活力が低下するとよく言われます。仮にそうだとしても、高齢者によって日本の文化が向上すればそれを補って余りがあります。そして文化にも、高齢者にふさわしい文化というものがあります。
 長年の経験を積んでものごとに熟達していることを「老熟」といい、長年の経験を積んで大成することを「老成」といいますが、この「老熟」や「老成」が何よりも物を言う文化を、私は「グランドカルチャー」と名づけました。
 グランドカルチャーは、生け花よりも盆栽、将棋よりも囲碁、短歌よりも俳句、歌舞伎よりも能・・・と挙げていけば、そのニュアンスが伝わると思います。もちろん、どんな文化でも老若男女が楽しめる包容力を持っていますが、特に高齢者と相性のよい文化、グランドカルチャーというものがたしかにあります。
 グランドカルチャーは、高齢者の心を豊かにし、潤いを与えます。「サザエさん」一家の家長である磯野波平は、家でくつろぐとき、いつも着物の上からチャンチャンコを着て一人で碁を打っています。
 また「ちびまる子ちゃん」には友蔵という、まる子の祖父が出てきますが、彼は何かあると「友蔵 心の俳句」といってすぐ俳句(川柳?)をつくります。
 いずれにしても、囲碁や俳句といったグランドカルチャーがいかに波平や友蔵の心を豊かにしていることか。そして彼らの人生に潤いを与えていることか!グランドカルチャーは老いを得ていくこと、つまり、「得る老い」を「潤い」とする力を持っているのです。
 またグランドカルチャーによって、人生に潤いを与える仲間を得ることもできます。これまで人々のコミュ二ティの中核をなしてきたのは親族、地域社会、学校、職場などでした。それらを「縁」という視点で見ると、「血縁」「地縁」「学縁」「職縁」となります。
 しかし今後は文化・スポーツなど趣味をともにする同好の人々からなる「好縁」、さらには道としての文化で人間的完成を求め、ボランテイアやNPO活動で社会への貢献をめざす人々の「道縁」が中心になると思われます。
 茶道などの道を極め、NPO活動によって気功や礼法などを普及させていく。さまざまなグランドカルチャーは、「心の社会」への入り口ではないでしょうか。
 私は拙著『老福論』(成甲書房)において、次のジャンルをグランドカルチャーとして取り上げました。すなわち、茶道、囲碁、俳句、盆栽、水墨画、写経、能、相撲、落語、風呂、陶芸、骨董、庭園、琴、三味線、小唄、詩吟、気功、太極拳、着物、礼法などです。本当はまだあるのですが、これらを見ると、グランドカルチャーは西洋文化よりも東洋文化に向いていることがわかります。
 西洋と東洋の文化は明らかに違います。絵画などを見ても、西洋の絵は、多く自然より人間を描いています。ルネッサンスの巨匠の作品でも、やはりもっぱら人間を描いており、自然は単にその背景にとどまっています。また絵の習作をしても、普通は裸体画から始めます。
 ところが東洋の絵画、殊に文人画などを見ると、人間を通じて自然を描いている。自然というものの中に尊い個性を発見するというふうになっています。絵の稽古を始めるにも、まず石から描き始める。石というものは生命の最も原始的形態、したがって造化の永遠の相を最もよく象徴するものです。それからだんだん植物になり動物になり、人間になるほど造化というものから派生してきます。昔から「人間、石に興味を抱くようになると老人だ」などと言われますが、石、老い、そして東洋思想は深く関わっているのです。
 みなさんも、小手先の技術や少々の才能など通用しない奥の深い老人文化、グランドカルチャーの世界をぜひお楽しみください。