第136回
一条真也
『すぐ死ぬんだから』内館牧子著(講談社)
「新・終活小説」と謳われた本書は、80歳を間近にした女性主人公をめぐる、外見に関する物語です。忍(おし)ハナは自他共に認めるオシャレな高齢女性で、夫の岩造もそんなハナを自慢にしています。物語前半には、岩造とハナの夫婦の仲の良さがこれでもかというほど描かれています。
 ある夜、二人は自宅マンションのベランダでビールを飲みながら、「夫婦は半端な縁じゃない」などと語り合っていました。そのとき、ハナには岩造の顔がお婆さんのように見えました。彼女は次のように思います。
 「男は年を取るとどんどんお婆さん顔になり、女はどんどんお爺さん顔になる。テレビに出てくる有名人でもだ。私は前からそう思って見ていた。岩造が年を取ったということだろうか。私もお爺さん顔になり始めているのだろうか。悲しすぎる。どんな努力をしても、絶対に阻止する」
 しかし、ハナがビールのツマミを作って、岩造のもとへ持って行ったところ、岩造の意識はありませんでした。すぐに救急車を呼んで医大の附属病院に連れて行きます。緊急手術に向けて数々の検査が行われましたが、その甲斐なく、岩造は息を引き取りました。死因は硬膜下血腫でした。
 それから、ハナの記憶は飛びました。気づいたら、岩造の死から3日も経過していて、通夜も葬儀もすべて終わっていたのです。それは逆行性健忘症と呼ばれるものの一種で、あまりにも辛い経験をしたとき、その記憶を脳が忘れてしまうのだそうです。ハナは、岩造が自分のショックを案じ、一番辛い3日間だけ記憶を飛ばしてくれたのだと考えました。そして、「あの人ならやってくれそうだ。私を『自慢』と言い、『ハナと結婚したことが人生で一番の幸せだった』と、晩年まで言い続けた人だ」と思うのでした。
 夫を失ったことを悲しんでいたハナでしたが、その後、岩造の遺言状が見つかり、そこには思いもよらない岩造の秘密が書かれていました。ここから先はネタバレになるので、詳しいことは書けません。でも、ここから一気に物語は加速して、面白くなっていきます。そして、さまざまな出来事があった後で、覚悟を決めたハナはさらに外見に磨きをかけて輝きを放つのでした。
「終活から修活へ」を提言しているわたしはアンチエイジングという考え方が嫌いです。しかし、高齢者が外見に注意を払ってオシャレをすることはそれとは別問題で大切なこと。本書を読んで、そのように思いました。外見も内面も美しいことを心がければ、それは美しい人生につながっていくのでしょう。すべての高齢者に読んでいただきたい名作です。