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一条真也
わたしは、忘れたくない
 今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、とにかく想定外の事件だった。わたしを含めて、あらゆる人々がすべての「予定」を奪われた。
 一応は日本全国で緊急事態宣言は解除されたけれども、まだ終息したわけではない。将来、完全に日常が戻ってきたとしても、絶対に忘れてはならないことがあると思う。
 わたしは、忘れたくない。今回のパンデミックで卒業式や入学式という、人生で唯一のセレモニーを経験できなかった生徒や学生たちが大きな悲嘆と不安を抱えたことを。
 わたしは、忘れたくない。今回のパンデミックで多くの新社会人たちが入社・入庁式を行えなかったことを。わが社では、全員がマスク姿で辞令交付式のみを行ったことを。
 わたしは、忘れたくない。緊急事態宣言の中、決死の覚悟で東京や神戸や金沢に出張したことを。いつもの飛行機や新幹線は信じられないくらいに人がいなかったことを。
 わたしは、忘れたくない。日本中でマスクが不足していた時、訪れたドラッグストアで1人の老婦人から「あなたはマスクをしていますね。そのマスクはどこで買えるのですか?どこにもマスクが売っていなくて困っているのです」と話しかけられたことを。
 わたしは、忘れたくない。一世一代の結婚式をどうしても延期しなければならなかった新郎新婦の悲しい表情を。
 わたしは、忘れたくない。新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった方々の通夜も告別式も行えなかったことを。故人の最期に面会もできず、ご遺体にも会えなかった遺族の方々の絶望の涙を。
 わたしは、忘れたくない。外出自粛が続く日々の中で、社員や友人たちと、LINEで互いに励まし合ったことを。そして、これまでの人生の中で、最も妻と語り合う時間が持てたことを。